Mandelli Camillo
Italy / Milano

1873年 イタリアのコモ県、オルジャーテ・カルコ(Olgiate Calco)に生まれます。

本名は、ジュリエルモ・セコンド・カミリオ・マンデリ(Guglielmo Secondo Camillo Mandelli)。

故郷にちなんで自身をカミリオ・ディ・カルコ(Camillo da Calco)と呼んでいました。

若い頃は大工として働き、ヴァイオリンに興味をもって1890年にミラノに移り住みます。

すぐにレアンドロ・ビジャッキ(Leandro Bisiach 1864-1946)の下でヴァイオリン製作を学び、後にアントニアッツィ兄弟(Riccardo Antoniazzi 1853-1912/Romeo Antoniazzi 1862-1925)からも指導を受けます。

19世紀末にアルゼンチンに移民として渡り、ブエノスアイレスで開業して多くの演奏家が出入りする有名店を築きます。

地元の資産家やコレクターからも人気で、紋章入りの楽器を納めたり、新しく出来た劇場専属の楽器職人にも任命されていました。

ブエノスアイレス時代もビジャッキとの商業関係を継続しており、定期的にミラノへ楽器を送っていました。

1920年初めにマンデリはイタリアに戻り、まずロメオ・アントニアッツィと提携して働き、後にジャコモ&レアンドロ・ビジャッキ(Giacomo&Leandro Bisiach 1900-1995/1904-1982)と提携して働きました。

 1936年に、娘夫婦が暮らすセント・サン・ジョバンニ(Sesto San Giovanni)に移り住み、時々楽器製作をしながら余生を過ごしました。

マンデリの楽器はリカルド・アントニアッツィの影響を感じさせる、力強い個性と繊細さを兼ね備えています。

ほぼ例外なく優れた品質のヨーロッパ材を使用しており、 オイル・アルコール両方のニスを使って主にオレンジ・レッドまたはブラウン・オレンジ色のニスを塗りました。

音質と音量、透明度を持った音色は高く評価されています。

1956年(83歳) セント・サン・ジョバンニで死去。

引用《 The Brompton’s Book of Violin and Bow Makers 》《 Liuteria Italiana en la Argentina 》

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