Serafin Santo
Italy / Venezia

1699年 ヴェネチアの北東の町ウィデネに生まれます。

同時期のウィデネにはマテオ・ゴッフリラー(Mateo Goffriler 1659-1742)の息子フランチェスコ(Francesco Goffriler 1692-1740)が製作をしており何かしらの影響を受けたかもしれません。

セラフィンは1717年にヴェネチアに移り住み、フッセンから移り住んだリュートメーカーで、ヴェネチアで有力な楽器商であったマテオ・セラス(Matteo Sellas 1599-1654)の工房でマテオ・ゴッフリラーやその弟子であるドメニコ・モンタナーニャ(Domenico Montagnana 1687-1750)やフランチェスコ・ゴベッティ(Gobetti Francesco 1675-1723)と出会います。

また同時期にクレモナから移り住んだピエトロ・ガルネリ(Pietro Guaruneri 1695-1762)や、ボローニャから移り住んだカルロ・トノーニ(Carlo Tononi 1675-1730)などの優れた弦楽器製作者とも出会い、彼らから仕事を請けならがら技術を磨いていったと思われます。

1725年頃から独立して仕事を始めます。当初から製作技術は非常に洗練されており、左右対称で丸みのあるアウトラインと調和の取れたアーチングにF字孔、上部まで巻いたスクロールなど魅力的な特徴を備え、良材を使った丁寧な木工と上質なニスが塗られたアマティやスタイナー型のミディアム・ハイアーチのヴァイオリンを多く製作しました。

残念ながらヴェネチア派を有名にしたチェロの製作台数は希少です。

甥のジョルジョ・セラフィン(Georgio Serafin 1726-1755)や、弟子のアンセルモ・ベロッシオ(Anselmo Bellosio 1743-1793)などと共に1758年頃まで製作を続けました。

1776年 77歳で死去。

引用《 The Brompton’s Book of Violin and Bow Makers 》《 les violins 》

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